原価計算のポイントと方法とは

 

原価計算で最初に注意すること

   
ここから先の原価計算のお話は、実際にやってみないとイメージがしにくいですし、文章を読んでも難しいと思います。
 
もし、あなたが経営者でしたら、原価計算は管理部門のスタッフに任せて、次のことだけをつかんでください。
 
1.全部原価計算は財務会計、税務会計用の資料である
(財務会計・税務会計とは、決算して税務署に税金を納める会計のことです)
 
2.管理会計には直接原価計算を使う
(管理会計とは、経営の意思決定をするために設ける会計です)
 
 
つまり、管理部門のスタッフに、全部原価計算以外に、直接原価計算の資料を提出するように指示をするといいです。
 
それでも、原価計算を知りたい人は、続けてお読みください。
 
  全部原価計算では真実が見えない
 
私が以前働いていた会社では、毎月「製造原価計算」が行われていて、私は原価計算を担当していました。

そこでは、個別の案件ごとに原価計算をして、損益を出していました。

簡略化して、例をあげてみますね。

まず個別原価計算というのを行います。(時間は単位:時間です。それ以外は円で考えてください)

作名

 売上高

材料費

作業時間

人件費

経費

旅費交通費

合 計

XH12201

30,000 

2,000

1.5

15,000

3,000

0

20,000

GV12301

20,000 

1,000

0.5

5,000

0

1,000

7,000

NA12005

70,000 

3,000

3.0

30,000

5,000

4,000

42,000

BT12016

80,000 

4,000

4.5

45,000

0

2,000

51,000

 

案件名はコンピュータで管理しやすいように、アルファベットと数字による「作名」というものを使って表していました。

材料費及び経費は、領収書に書いてある作名からダイレクトに数字を入力します。

この会社は個別原価計算を行なっていましたから、製造部門が費用を使った場合には、領収書に何の案件のための費用かが分かるように、作名を記入するようになっていました。

作業時間は、社員1人ひとりの日報(労働時間記入表)から作名毎に集計した作業時間を入力します。日報には、どの作名に何時間働いたのかを合計する欄を設けていました。

 

人件費は単位時間当たりの標準賃金が設定されていて、作業時間に単純に掛け算をして求めていました。(この例では1時間を1万円としています)

旅費交通費は出張旅費精算書から、一つ一つ抜き出して、数字を入力していました。

 

そして全ての製造部門の費用(製造原価)の入力が終わりますと、合計を出して個別原価計算は終了します。

次に製造間接費を入れた製造原価計算を行なっていました。

 

作名売上高材料費人件費経費旅費交通費製造間接費損 益
XH12201

30,000

2,000

15,000

3,000

0

3,000

7,000

GV12301

20,000

1,000

5,000

0

1,000

2,000

11,000

NA12005

70,000

3,000

35,000

5,000

4,000

7,000

21,000

BT12016

80,000

4,000

45,000

0

2,000

8,000

30,000

合計

200,000

10,000

100,000

8,000

7,000

20,000

69,000

数字は非常に簡略化していますが、製造原価計算のイメージを捉えていただければと思います。


この会社での個別原価計算と製造原価計算の違いは、製造間接費が入っているかどうかです。

個別原価計算では製造間接費が入っていませんが、製造原価計算では、製造間接費を入れています。

製造間接費は、製造部門の費用以外の費用全てです。本社費ですね。総務、経理など間接部門の費用、事務所家賃など全ての費用が入ります。

事務所家賃には製造部門が使用している家賃も入っているのですけど、この会社では家賃を部門で分けずに、製造間接費の中に全部入れていました。計算を簡略化するためだと思います。 

 

そして、製造間接費の合計額(この例では20,000)を、作名ごとの”売上高比率”で割り振る方法(配賦)が取られていました。


すなわち、売上高の大きい案件ほど、本社費用(社内費用)をたくさん負担することになるのです。


そして、この会社では、この製造原価計算を元に、全部原価計算をして損益計算書を作成していました。


全部原価計算は、財務会計(会社法に準拠した会計規則に則って財務諸表を開示するための会計)で認められた計算方法です。

しかしながら、この製造原価計算では、正しい経営判断をすることができません。

さて、どこがおかしいか、お分かりでしょうか? 

 

  全部原価計算では、正確な単位原価を求めることはできない           

全部原価計算のおかしなところに気づかれたのではないでしょうか?


それは、製造間接費を売上高比率で割り振って、それぞれの作名単位に費用を加算しているところですね。

売上高が高い案件ほど、本社費(製造間接費)の負担額が大きくなり、売上高が低い案件は本社費の負担額が小さくなるということです。

それゆえ、利益があまり出ないような案件でも、売上が多いと費用も更に増えるということが生じます。

製造間接費を単位当たり原価に割り振っていること自体に無理があるのですね。 

 

もう一つ、部門別損益計算書の例を使って説明しましょう。

下記の表は、東京本社工場と柏工場という2つの工場を経営する架空の会社の損益計算書です。

1期と2期という2つの期を比較して見てください。千葉工場は二期とも全く同じ売上高と売上原価になっています。

1期(単位:千円)

 
 東京本社工場
 千葉工場
 売上高
 10,000
 10,000
 売上原価
 6,000
 6,000
 売上総利益
 4,000
 4,000
 本社費配賦
 2,000
 2,000
 利益
 2,000
 2,000

2期(単位:千円)

 
東京本社工場
千葉工場
売上高
15,000
10,000
売上原価
9,000
6,000
売上総利益
6,000
4,000
本社費配賦
2,400
1,600
利益
3,600
2,400
 
この会社では、部門別損益計算をするに当たって、売上高に応じて本社費(間接部門費)を比例配賦しています。

それゆえ、2期に東京本社工場の売上が伸びたため、2期での本社配賦費は、東京本社工場が40万円増えて、千葉工場では40万円減っています。本社費総額は同じ400万円で変わりません。
 
千葉工場では1期、2期と全く同じ売上高、売上原価にも関わらず、利益が増加し、それは同時に製品一個当たりの原価も下がっているということになります。
 
 
こうしたことが起こるのは、本来ならば、製造の原価に加えることのできない間接部門費を、売上高に比例して配賦しているからです。


ところが、この会計原則(全部原価計算)が企業が上場するときの審査基準の必要条件になっています。

 

ここで見逃してはいけないことは、正式な会計書類として認められている全部原価計算では、「正確な単位原価を出すことができない」ということなんですね。

 

先の会社の例でも、人件費は時間当たりの標準賃金を作業時間にかけていました。これだけでも正確な原価は出せません。人によって給料は違うからです。


ほんとうに正確な原価を出そうと思ったら、その仕事に、いくらの給料の人が何人かかわって、電気代がいくらで、場所代がいくらでと計算しなければならなくなり、膨大な時間がかかるでしょう。


しかし、それでも正確な原価には到達できないと思います。


 でもあなたは、次のように反論されるかもしれません。

「その製品が儲かっているかどうかを知るには、目安レベルでも原価を知るべきだろう」と。

その通りだと思います。


 しかしながら、全部原価計算では、目安レベルの原価でも間違いをするのです。

 

それは、全部原価計算の計算方法に原因があります。


全部原価計算方法を少し専門的に説明しますと、「変動製造原価と固定製造原価を合わせた、全ての製造原価で製品の原価を計算する方法」です。

ここで、変動製造原価と固定製造原価という言葉が出てきました。 大事なところなので、詳しく説明をします。


 変動製造原価とは“変動費”、固定製造原価は“固定費”です。


変動費とは、一般的に「売上の増減に比例して増減するもの」と説明されています。厳密には数量に比例して発生する費用のことをいいます。

メーカーですと、原材料費、外注費、買い入れ部品費の3つです。流通業では仕入商品になります。外部費用と考えると分かりやすいかもしれません。

固定費は数量の増減に関係なく、期間に比例して発生する費用です。

人件費、経費、家賃、減価償却費などがありますが、実務上は「変動費以外は全て固定費」とした方が良いです。


「仕事が増えると残業代が増えるから、人件費は変動費ではないか?」と疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。


しかし、売上(数量)に関係なく固定的に発生する費用を多めに見るほうが、数字を厳し目に見ていることになりますから、あまり小さな分類にこだわることなく、変動費以外は全て固定費と考えてください。


 次にお菓子屋さんを例にして、全部原価計算をしてみます。

商品A、B及びCというお菓子を仕入れているお店とします。仕入は変動費です。

そして、家賃、人件費、光熱費などの固定費が月に40万円かかっているとしましょう。

 

ある月の売上と利益をまとめたものです。数量は個、それ以外は単位:円と見てください。 

商品

売価

数量(個)

売上高

売上原価

利益

A

100

5,000

500,000

550,000

-50,000

B

100

3,000

300,000

270,000

30,000

C

100

2,000

200,000

140,000

60,000

合計

 

10,000

1,000,000

960,000

40,000

仕入値 A=70円  B=50円  C=30円 とします。


売上原価には仕入値にプラスして、固定費400,000円を売上高比例で割りかけています。
 
例えば、商品Aに割りかけられる固定費は、400,000円(固定費)×500,000円(Aの売上高)÷1,000,000円(総売上高)=200,000円になります。
 
そして、割りかけられる固定費分200,000円をAの販売個数5,000個で割ると、1個当たり40円の固定費負担となります。
 
それゆえ、商品Aの1個当たり売上原価は、70円(仕入値)+40円=110円 となります。
 
同じ方法で、商品Bは50円+40円=90円、商品Cは30円+40円=70円です。

 

さて、利益欄を見られて、皆様がお菓子屋の経営者でしたら、どう考えますか?

 

  正しい判断のためには直接原価計算を行う

前回のお菓子屋さんの全部原価計算を見ると、目につくのがA商品のマイナス5万円だと思います。


できれば、この商品をなくして販売した方がいいような気がするかもしれません。

ところが、このお菓子屋さんの原価計算を直接原価計算という方法でやってみると、違った観点が見えてきます。


直接原価計算とは変動製造原価(変動費)だけで製品の原価を計算する方法です。


前回の例を直接原価計算によって作り直してみますね。

 

商品

売価

数量

売上高

仕入

粗利益

A

100

5,000

500,000

350,000

150,000

B

100

3,000

300,000

150,000

150,000

C

100

2,000

200,000

60,000

140,000

合計

 

10,000

1,000,000

960,000

440,000

 

粗利益440,000円から人件費、家賃などの固定費400,000円を引いた額40,000円が最終的な店の利益になります。最終的な利益の額は一致します。

さて、前回の全部原価計算では、商品Aは赤字で、商品Cが最も利益を出しているように見えました。

ところが、直接原価計算によると、AとBが同じ金額で最も利益を出していて、Cはその次点になっています。


まるで数字のトリックのようですが、売上高も売上数量も変わっていません。仕入値も同じです。


全部原価計算では固定費を売上高で割り振っているために、正しい数字が分からなくなっているのです。


もし全部原価計算だけで意思決定をしようとしたら、「商品Aは毎月5万円の赤字だから、この商品を販売するのは辞めよう」ということになるかもしれません。

 

しかし、商品Aの取り扱いをやめると、月15万円の粗利が無くなることになります。

ここで大切なことは、商品Aをやめることによって固定費がどれくらい減るかということです。

商品Aを扱わなくなることによって固定費が15万円の粗利以上に減れば、商品Aの取りやめは正解だということになります。


商品Aの粗利15万円<固定費の減少額

ところが、商品Aを辞めても、人件費は1万円も減らないし、スペースが5万円分ほど減るかもしれないが、実際の家賃が減るわけでもないとなると、商品Aをやめると、その分利益が15万円減少するということになります。

 

ポイントは、収益を見ることです。収益、いわゆる付加価値に注目してください。

それは、売上高-変動費=付加価値(粗利です。この付加価値が収益です)の計算式で求められます。
 

変動費は前回も述べましたように、「原材料費、買入部品費、外注加工費」です。外部費用ですね。

売上高から外部費用を除いたものが収益になります。

 

そして、この収益が固定費、いわゆる内部費用(人件費、経費など)を100%ちょうどカバーしている地点が損益分岐点になります。

それゆえ、次のようになります。

赤字の会社 収益<固定費(内部費用)

黒字の会社 収益>固定費(内部費用)


損益分岐点の会社 収益=固定費(内部費用)
(収益は、売上高-変動費(外部費用)です。)

貴社の製品や商品が、どれだけの収益をあげているかを見る時には、直接原価計算を行なってください。

会計資料は全部原価計算の提出が義務付けられていますが、経営判断を正しく行うには直接原価計算の方が有効です。

 

 
ある商品やサービスを撤退するかどうかを考える時には、収益とそれに関係する固定費を比べて判断するようにしてください。

その商品やサービスを止めて減る固定費が、収益を上回るようでしたら、撤退もいいでしょう。

しかし、上記の例のように固定費があまり下がらないのに、事業を撤退してしまうと収益だけが大きく減ることもあります。

勘で決めるのではなく、具体的な数字を見て、意思決定をされたら良いと思います。
 
 
  メーカーは賃率計算を使いましょう

以前、こちらの「経営のためのコラム」で、全部原価計算では正しい原価を求めることはできない。原価に注目するのではなく、収益に注目し、直接原価計算を行うことをお薦めしました。

ただし、メーカーの場合は、製造作業によって収益をあげるのですから、製品毎の単位時間当たりの収益を出さなければなりません。

 

有効なのは「賃率計算」です。

賃率とは、直接工の単位時間当たりの付加価値(加工高、粗利)のことです。

単位時間は、メーカーでしたら、分単位がいいと思います。

 

賃率には次の3つがあります。

1.損益分岐賃率

2.必要賃率

3.実際賃率

 

損益分岐賃率

= 単位期間の全ての固定費

÷ (単位期間の直接工の総工数☓出勤率☓操業度)

単位期間は一年を使ってください。

1年間の総固定費を、直接工の総工数(これは分単位の時間で表します)で割りますと、1分当たり、いくらの付加価値(粗利)を生み出さなければ赤字になるかが分かります。

例えば、固定費が1億円あって、総工数が”100万分”(出勤率と操業度を100%とします)とすると、損益分岐賃率は”100円/分”となります。直接工が1分間に100円の付加価値を生み出して、損益がトントンだということです。

 

必要賃率

= (単位期間の全ての固定費+必要利益)

÷ (単位期間の直接工の総工数☓出勤率☓操業度)

必要賃率は、固定費に必要利益をプラスして、会社としての目標利益を達成するための目安を出すものです。


もし必要利益が4000万円なら、上記例で計算しますと、必要賃率は140円/分となります。

 

実際賃率

= 特定製品の付加価値の実績

÷ 特定製品に投入された直接工の総工数実績

これは製品毎に実際いくらの付加価値を生み出したかを分単位で出すものです。
例えばA製品の付加価値が3000万円としましょう。
 
そして、A製品に投入された直接工の工数実績が20万分とすると、150円/分が実際賃率となります。

これだと必要賃率140円を上まっていますから、「健康製品」といいます。
 

しかし、A製品を直接工が40万分で製造しているとしますと、75円/分となり「出血製品」になります。
 
出血製品とは、固定費を賄うだけの収益が足らないものを指します。収益がないわけではありません。
 
実は、真の赤字製品とは、売価が変動費を下回っている製品のことです。1,000円で仕入れたものを800円で売るようなケースです。

現実には投げ売りするようなケースでしょう。

出血製品は、売価が変動費を上回っていますが、損益分岐点に達していないので、「収益不足製品」と言えます。
 
 
これらの賃率計算を全部の製品に対して行なって、

個々の製品が必要賃率を上回っている「健康製品」か、

損益分岐賃率を上回ってはいるが、必要賃率を下回っている「貧血製品」か、

損益分岐賃率を下回っている「出血製品」かを分類するといいです。
 

 さて、ここで問題になるのは、「出血製品」に対する扱いだと思います。

基本は「出血製品」は、成り行きを見て、切り捨てです。
しかし、数字だけを見て、簡単に切り捨てたりしないようにしてください。

上記の例では、赤字とはいえ、1分間に75円の収益を出しています。

切り捨てた途端に75円の収益が減るので、その分赤字が増えます。

出血製品に代わる、より収益性の高い製品がなければ、捨ててはいけません。

値上げができないか、生産能率を上げることができないか等、検討を十分にした上で、切り捨ての判断をするようにしてください。

経営は単一で数字を見るのではなく、複合的に見て判断をすることが大切です。