一倉定の社長学

 
ここでは、経営コンサルタントの一倉定(いちくらさだむ)さんの「社長学」について最重要だと思われる点を「5つ」に絞って書いてみます。
 
現在の経営コンサルタントには、一倉定さんの社長学の影響を受けている方も結構いらっしゃるでしょう。一倉定さんは、日本の経営コンサルタントの父のような存在かもしれませんね。
 
しかしながら、一倉定さんの経営理論には、社員を軽視しすぎる傾向があり、その点は現代の経営環境に合わないのではないかと私は思っております。
 
ただし、中小企業にとっては、かなり効果のある実践的な経営理論であり手法なので、学んでおくべき理論・手法であります。
 

では、一倉定さんの社長学、経営理論、経営コンサルティング論とはどんなものだったのでしょうか。
 
できるだけ簡単に一倉定さんの社長学をまとめてみます。
 
 
1.一倉定さんの社長学の核
 
一倉定さんの核となる考え方とは何でしょうか?
 
一倉定さんが書かれた『社長学』は分厚い本で”全10巻”で構成されています。
その膨大な「社長学」の中で、一倉定さんの社長学の”核になる文章”は、次のものだと私は思っています。
 
 
事業経営とは、「変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえる」ことである。
 
 
(『一倉定の社長学 経営戦略』、日本経営合理化協会出版局 ※引用文の一部古賀削除あり )
 
 

 一倉定さんの『社長学』の全9巻で、この文章が一番大切な言葉だと私は考えています。
 

この文章の内容(つまり事業経営)を実行するために、全9巻に渡って一倉定さんがその方法論を述べていると言えるでしょう。


ただし、この言葉は、一倉定さんの言葉ではありますが、参考にした理論があったのではないかと推測しています。

その参考にした理論とは、ドラッカーの経営理論です。
 
といいますのも、ドラッカーは、「マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす」と述べていますが、一倉定さんの言葉は、マーケティングとイノベーションを分かりやすく日本語で書いているだけだからです。


例えば、「変転する市場と顧客の要求を見きわめて」とは、マーケティングのことですね。

そして、「これに合わせて我社をつくりかえる」は、イノベーションのことです。


ドラッカーが、企業が成果を上げられる”たった二つの基本的な機能”」としたのは、マーケティングとイノベーションです。
 
私はこの二つがドラッカーの『マネジメント』の中で最重要なキーワードだと思うのですけど、それを一倉定さんが翻訳して、事業経営の核として文章にされたのが、上記の文章だと思うんです。


お客様の要求を見つけだし(=マーケティング)、これを満たしていく。
もし、我社がこれを満たせないのなら、満たせるように我社を変えていく(=イノベーション)のが事業経営だということですね。


そして、一倉定さんは、この核となる文章を一言で表します。

それが、顧客第一主義です。


「事業経営とは、顧客第一主義であり、それは変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえること」、と言えるでしょう。

まぁ、【マーケティングとイノベーション=顧客第一主義】ということですね。
 
 
 
2.一倉定さんの勧める5つの方法

 
そして、一倉定さんは、顧客第一主義を実行するために、大きく5つの方法を提示されています。
 
なお、この5つというのは、私が分類し絞りこんだものです。一倉定さんが「5つだ」とおっしゃったわけではありません。
 
その5つの方法とは、次のものです。

(1) 社長のお客様訪問

(2) 経営計画書の策定

(3) 直接原価計算による管理会計

(4) 環境整備

(5) ランチェスター戦略



他にもたくさんのコンサルティング手法を述べておられますが、重要なものを絞りに絞ると、この5つではないかと思います。
 
 
この5つは、一倉定さんのコンサルティングで外せないものです。


まず、1の「社長のお客様訪問」は、先に述べました「事業経営とは、『変転する市場と顧客の要求を見きわめて、これに合わせて我社をつくりかえる』ことである。」という考え方から導かれている方法論です。

この事業経営の結論から出てくる大事なことは、「顧客の要求とは何であるかをつかむこと」です。これが第一です。


そして、顧客の要求は変わっていくのものなので、それを注意深く観察し、見きわめていくことになります。

これをするために、社長は自らお客様のところに訪問するのです。

社長が会社の中にいてもお客様の要求を正しくつかむことは不可能だという考え方ですね。


また、一倉定さんは、訪問の目的は売込みではなく、「顧客確保」であると述べられています。

訪問を売込みだと考えると、お客様との人間関係を無視してしまうため、あくまでお客様のご要望やクレームをお聞きして、人間関係をきちんと築くことが大切になります。
 
 

それから、一倉定さんの販売に対する考え方の特徴は、「自分で売る」というものです。

「いつ、いかなる場合にも、自らの商品は、自らの手で売らなければならない」
(『一倉定の経営心得』、日本経営合理化協会出版局)と書いておられます。



当たり前の言葉のように思われるかもしれませんが、例えば自社の製品を問屋に丸投げしているという会社は多いのではないでしょうか?

あるいは、販売代理店に販売を任せているという会社もあるでしょう。

スーパーや小売店に行かずに、問屋にだけ訪問しているという会社もあるかと思います。



一倉定さんは、「蛇口戦略」を勧めています。

「蛇口」とは、水道の蛇口からの例えなんですけど、小売店や購買窓口を指します。

要するに、小売店に定期訪問をするのです。


なぜこういうことをするかというと、市場、すなわちお客様の要求がつかみやすいという点。

それと、中間業者、卸問屋はあくまで自分たちの会社のことを考えるので、貴社のことを考えて商売をしているわけではないという点です。


中間業者、卸問屋は「よく売れる製品、商品」を扱いたい
のであって、貴社の製品をしゃかりきに売ってくれるわけではありません。



それから、小売店を回るなんて、そんな人員も手間もかけられないという意見もあるでしょう。

それに対しては、蛇口の数を増やすのではなく、口を大きくし、水をだしっぱなしにするという例えを一倉定さんは、書いておられます。

蛇口の数は少なく、1件の売上を増やすという発想です。


また、会社の生死を握っている販売活動をしない社長は、社長失格であるとも言われています。

間接部門の人員を営業に移動させて,営業の人員を増やすのも一つだと思います。
 
 
 
 
3.一倉定さんが最も重要視した方法論
 
 
一倉定さんが勧めていた代表的な方法論の二つ目は、「経営計画書の策定」です。

一倉定さんは、経営計画書の策定を社長の”最重要の仕事”と述べています。
 
一倉定さんが実地のコンサルティング指導で最も重要視したのが、おそらくこの経営計画書の策定でしょう。

 
大抵の企業では、経営計画書があっても、それは経営企画部門だとか、総務部門とかが、ほとんど策定して役員がそれを会議で了承したようなものではないでしょうか。


一倉定さんは、それは全く間違った態度で、社長自らが計画しなければならないと述べています。

経営計画書は、会社の中で最も大切なものであり、社長の考え方以外のことは一切のせません。

経営計画書には会社のビジョンが書いてあり、会社が今後どのような事業を展開していくか、何に重点を置いていくか、人は増やしていくのかどうかなどが載っています。


経営計画書がないと、社長が社員に「頑張ってくれ!」と言っても、何を頑張ればいいかわかりません。どの得意先に、どれくらいの頻度で行けばいいのか、商品の開発はどのようなものをやっていくのか、社員はわかりません。

それが分かる社員がいるとすれば、その人が社長をやればいいのです(笑)。


まぁ、冗談はさておき、社長の頭の中にある目標や方針やビジョンを書き出して、経営計画書という書面にまとめあげます。

この効果は凄いものがあります。

会社を発展させたければ、経営計画書を策定してください。 

策定方法を具体的に書くと、とても長くなりますから、一つだけポイントを挙げますと、5年、10年という中長期計画ではなく、最初に1年間の短期計画を策定するといいです。 

初めてのことには慣れも必要ですから、まず1年の短期経営計画書を作ってみて、翌年度に3年~5年の中期経営計画を策定するといいと思います。

1年の短期経営計画書でも必ず効果はありますので、お薦めです。
 
 
次は、3.直接原価計算による管理会計です。

一倉定さんは、全部原価計算を「百害あって一利なし」と述べています。

全部原価計算とは、決算時に税務署に提出する会計報告書に載っている原価計算です。

税務署に提出するには、全部原価計算でないといけないのですが、これは経営には使えません。

なぜなら、全部原価計算では、固定費を各原価に割り振るからです。

そこで一倉定さんは、管理会計には収益に着目して「直接原価計算」を使用するのを勧めています。


直接原価計算とは、売上高から外部費用(仕入及び外注費)を引いて、企業の収益を出し、最終的にひとまとめにして固定費を引いて損益を出す方法です。

直接原価計算でも、各製品の総原価は出ません。しかし、これは全部原価計算でも同じです。製品ごとの総原価を出すことはできません。


ただし、直接原価計算だと、製品一つ一つの収益はつかめます。

それは、売上高から外部費用を引くことによって粗利益すなわち収益が分かるのです。


売上高-外部費用=収益
(粗利益または加工高、付加価値とも言います)


なお、外部費用は変動費として、その他の費用は全て固定費として考えるといいです。

売上高-外部費用=収益



社長は、原価ではなく収益に着目してください。固定費の割り振りに意識を取られると正しい判断ができなくなりますから、気をつけてください。
 
 
 
 
4.最も優れた社員教育とは?
 
 
次は、4.環境整備です。
 
環境整備は、聞きなれない人は一体なんだろうと思われるでしょうが、規律、清潔、整頓、安全、衛生の5つを対象にしています。
 
規律とは、「決められたことを必ず守る」ことと、「指令が必ず行われる」ことです。


清潔とは、「いらないものを捨てる」、「いるものを捨てない」と一倉定さんは定義しています。

清掃は清潔の一部という位置づけです。


整頓は、「物の置き場所と置き方を決める」ことと、「置き場の管理責任者をきめて表示する」ということです。

整頓については、私が働いていた会社に一倉定さんが指導に来られた時に、事務所の机を綺麗に、ずれないように揃えて並べるように指導されていました。まっすぐに机が並んでいるのをイメージしていただくとよろしいかと思います。


安全、衛生に関しては、規律、清潔、整頓ができれば自然にできるから特に考えなくてもよいと一倉さんは書かれています(以上の引用は『一倉定の社長学 第六巻 内部体勢の確立篇』、日本経営合理化協会出版局から)。


清掃ですが、毎日勤務時間中に担当場所を分担して全員で実施するのがいいです。

1か月単位で、今月のトイレ掃除は誰それ、窓ふきは誰それ、床拭きは誰それと、全員が毎日清掃するようにします。15分くらいで終えるようにするといいでしょう

そして環境整備の状況は社長が毎月チェックするといいです。点数化して、部門、個人別に点数をつけて、賞与や昇級の評価に加えるのも一つです。
 
 
日本電産の永守重信さんは、赤字企業を買収すると、「毎日、朝に掃除をするように」とだけ言ったそうですね。すると、その赤字企業は1年後には黒字化したらしいです。その赤字企業で働いていた私の友人がそう語っていました。
 
赤字企業を黒字化するくらい、朝の掃除は効果があるのです。



一倉定さんは、最も優れた社員教育は環境整備だという考えでした。

「環境整備には、いかなる社員教育も、どんな道徳教育も足下に及ばない」と実体験から述べられています。

私も環境整備を経験したことがありますが、人格形成にとてもプラスになったと実感しています。

社員教育を考えている会社は、ぜひ環境整備から始めてみてください。
 
 
 
 
5.中小企業が大手に勝つ唯一の法則とは?
 
 
5番目は、ランチェスター戦略です。

念のため申し上げておきますが、ランチェスター戦略は一倉定さんが考えたものではありません。

田岡信夫さんです。田岡信夫さんが体系化したものを一倉定さんが使っておられます。


ランチェスター戦略とは何かを、一倉定さんの言葉で書いてみましょう。 

ランチェスター戦略とは、市場を細分化し、優先順位を決め、これに従って一つのテリトリーまたはチャンネルに、敵に勝る戦力を投入することにより、その地域またはチャンネルの占有率を高めてゆく戦略である。
(『社長の販売学』、産能大学出版部)


一倉定さんは、「弱者(市場占有率が一位以外の企業)が大手企業と戦って勝つことを可能にする唯一の法則はランチェスター戦略であるといっても決して過言ではない」と述べられています。

一倉定さんは企業の生死をきめるのは、占有率だという考えでした(ちなみに、これはドラッカーの『現代の経営』に書いてあります。おそらく一倉定さんは、ドラッカーの経営理論を参考にしたのでしょう)。

自社の売上が増えていても、市場がそれ以上に拡大していたら自社の占有率は下がっていることになります。

そして、占有率の低い会社から淘汰されていくということですね。

特に低成長の時代や消費が落ち込むときには、占有率の低い企業の商品から売れなくなります。

それゆえ、一倉定さんは占有率の拡大を指導しておられたようで、そのための方法が田岡信夫さんのランチェスター戦略だったわけです。


以上、一倉定さんの社長学の中で特に強調して勧めておられた5つの方策を紹介いたしました。
何か参考になりましたら幸いです。
 
 

礼儀や躾を継承することは、ビジネスの継承よりも大事である

 
あるグループ会社のことです。

そのグループ会社は、創業社長が経営をしていたときには、各グループ会社の礼儀や躾(しつけ)が見事に行き届いていました。

お客様が来社されると、皆さん立ち上がってお客様に向き合い、きちんと挨拶をしておられました。また、お客様への温かいおもてなしや気配りが自然にできて、お客様は清々しい気持ちになって帰っておられました。

この会社がそうしたことができていたのは、一倉定さんの「経営計画書」を導入して、礼儀や躾を徹底して教育していたからです。

ところが創業社長が経営から離れ、他の人が社長をするようになると、経営計画書の教育が行き届かなくなりました。

グループ内で新しくできた会社にいたっては経営計画書がないため、礼儀や躾の教育が全くなされていません。

正直に申し上げて、そうした会社に訪問すると、嫌な気分になって帰ることになります。

礼儀や躾というと、社長が社員をコントロールしようとしているのではないかと誤解する人がいます。

でも、そうではありません。

礼儀や躾は立派な人間教育であり、人間性を豊かにし、人格を向上させるものです。

私は、創業社長の「経営計画書」が新しい会社に受け継がれていないことに大変危機感を持ちました。

大げさな言い方をすると、ビジネスを継承するより、「経営計画書」にある精神を継承する方がよほど大事だと思います。

商品やサービス内容は、社会環境、市場環境の変化によって終わることがあります。

ある面、仕方のない面でもあります。

しかし、礼儀や躾を継承しないことは、「豊かな人間性」や「人格の向上」の機会を放棄していることと同じです。

礼儀や躾の教育を受け継がないことは、ビジネスを失うよりも大きな損失です。

人は生き続けるし、人がいれば会社はなんとでもなります!

社員の人間的な成長を願う社長ならば、どうか礼儀や躾を学んでください。

会社に「経営計画書」を取り入れてください。

社員が仕事をしながら学んだ礼儀や躾は、社員にとって大きな財産になるのですよ。

 

 

一倉定さんの経営計画書の課題とは?

 
経営コンサルタントの一倉定さん(故人)は、指導先企業に「経営計画書」の策定と、環境整備の実行を薦めていたと聞いています。

 株式会社武蔵野の小山昇さんは、一倉定さんの指導を受けて、そのノウハウで経営計画書をコンサルティングで使っているようです。

 一倉定さんは、偉大な経営コンサルタントであったと思いますが、一倉式「経営計画書」には気をつけなければならない点があります。
 
それは、一倉定さんの社員に対する見方が、「社員はサボる者で、経営者になれないものが社員をやっている。社員に期待するのは間違いである。」ということです。

 ダグラス・マクレガーのXY理論で言えば、一倉定さんは、X理論に立っていたということでしょう。

 それゆえ、一倉定さんの経営計画書では、型にはめて、社長の指示命令を徹底的に実行させる方法が取られています。

 この方法は、今でも一部有効な会社があると思います。

 例えば、性格の荒い社員が集まっている職場や体育会系の職場には合うのではないでしょうか。

しかし、最近の若手社員や、それほど気の荒い社員がいない会社では、この方法論は合わないです。
 
これからのマネージャーは、部下に対して父や母や、兄や姉のように接して、理解して認めてあげて仕事を一緒にしていかなければなりません。X理論の会社は、離職者が増え、立ち行かなくなるでしょう。
 

 こうしたことを考えている社長は、増えてきているのかもしれませんね。

 私のところだけでも、「株式会社武蔵野を見に行って、どうも合わなかった。」とおっしゃって相談に来られた会社様が3社いらっしゃいます。

 そうした会社様には、私の方から会社に合ったオリジナルの経営計画書の策定を支援をしました。
 
もし「株式会社武蔵野の小山昇さんの経営計画書は合わない。」と思われた会社様は、ぜひ私に相談してください!(笑)
 
貴社に合った経営計画書を策定するサポートをいたします!